詰め将棋の歴史

詰め将棋とは指し将棋において、玉を取る最終局面を想定したものです。
指し将棋と同様に、詰め将棋の歴史は古く、江戸時代初期までさかのぼります。
歴史上最古の詰め将棋は17世紀初めに出版された『象戯造物』と言われています。
この頃、詰め将棋とは一種の芸術作品として扱われ、優れた詰め将棋の作品は幕府に献上されるほどでした。しかし、現在の詰め将棋とルールは多少異なり、例えば最短の一手でなかったり、盤上に無駄な駒が存在していたり、また最後に持ち駒が余っていたりもしていたようです。
そういった歴史の中、現在の詰め将棋のルールが確立されたのは、伊藤宗看という人物によるものでした。
またこの人物は詰め将棋において、最も優れた作品を創作したと讃えられているひとりでもあります。
昭和にはいり、『将棋月報』が詰め将棋の掲載をはじめると、民間人の間でもたちまち人気となり、『詰め将棋パラダイス』や『近代将棋』の発行により、詰め将棋は指し将棋と並んで一つの将棋を分かつ分野となったのです。

詰め将棋のルール

詰め将棋とは指し将棋の最終局面を想定したもので、そこから自分の持ち駒と盤上の駒を使い、最短の手順で玉を取るというルールのもと、行います。
現在では指し将棋とは別の分野でとらえられ、パズルなどのような作品として扱われています。
詰め将棋には、指し将棋とはまた違ったルールが存在しています。
例えば、詰め将棋を始めるにあたり、先手は必ず自分からはじめます。
そして、連続で玉を王手します。ここで肝心なのは、最短の手順で玉を詰めなければならないということです。一手でも玉に逃げられたり、無駄な一手を行ったり、自分の持ち駒を余らせてもいけません。
このルールによって、解くのに困難が生じ、詰め将棋は民間人の娯楽として注目が集まり、またプロ棋士の練習として不動の将棋の分野を確立したのです。
詰め将棋のプロ創作家には、岡田敏や森長宏明などがいます。
現在、最長の詰め将棋は橋本孝治の1525手です。指し将棋の最終局面において、勝敗を分けるのが終盤の詰めであります。
ですので、詰め将棋によって、最良の一手を磨くことは指し将棋の実力を付けることとも言えます。

詰め将棋の作り方

詰め将棋の作り方には、一定のルールがあります。
しかし、そのルールをもとに創作していけば、素人の方でも誰でも作ることができます。
まず、詰め将棋の原則としまして、必ず奇数によって詰むことです。
これは、先手が自分からで、そこから連続で王手をかけるためです。
最短で一手から、それ以降三手・五手・七手と続きます。
次に盤上に不要な駒がないことがあげられます。
自分の持ち駒は全部使い切り、相手の持ち駒は玉以外全てとなります。
そして、詰め将棋の作り方において最も大切なルールは、先手の自分は最短手順で玉を取らなければならないこと、逆を返せば、最短手順以外は認められず、また、作成者の考える手順以外の方法で詰んだ場合、それは余詰と見なされ、不完全な詰め将棋となります。
このような原則を踏まえ、作成した詰め将棋は新聞や雑誌に掲載されていますし、一般素人の方でも投稿し、雑誌に掲載されたりもしますので、詰め将棋を解くだけではなく、実際作ってみるのもよろしいかと思います。


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