耳をすませば 〜Whisper of yhe Heart〜は、中学生の出会いを描いたジブリのアニメーション映画。耳をすませばは、聖蹟桜ヶ丘という街をモデルにした架空の街で生きる人々を描いています。
耳をすませば 〜Whisper of yhe Heart〜は、1995年に公開されたジブリ製作の長編アニメーション映画。公開から10年以上が経った現在でもファンの多い人気作品です。耳をすませば 〜Whisper of yhe Heart〜は何度も何度も繰り返して見たくなるアニメです。こうゆう作品こそが名作と呼べるものだと思います。
耳をすませば 〜Whisper of yhe Heart〜 は、どこにでもいる普通の中学生の女の子が主人公です。「風の谷のナウシカ」や「天空の空ラピュタ」など、他のジブリ作品の主人公達と比べると、地味な印象を受けてしまうのは否めません。主人公の“雫”は、ナウシカやシータのような特別な力を持っている女の子ではありません。また、劇中においても特別な事件が起こるわけでもありませんし、ジブリお得意のオバケや怪獣が出てくることもありません。東京の郊外にある聖蹟桜ヶ丘をモデルにした架空の都市で、小さな団地に家族4人と暮らす、ごくごく平凡な中学3年生の女の子が主人公なのです。しかし、耳をすませば 〜Whisper of yhe Heart〜のなかで描かれる雫の前向きな姿勢や、彼女を取り巻く人達のやさしさが、見る人に強い印象を与え、心の底から勇気が沸いてくる作品だと思います。
耳をすませば 〜Whisper of yhe Heart〜 が生まれたきっかけは、監督である故近藤喜文さんが宮崎駿さんに「少年と少女のさわやかな出会いの作品を作りたい」と語ったことだったと言われています。それから約10年後、宮崎さんが夏休み休暇を過ごす山小屋に、耳をすませば 〜Whisper of yhe Heart〜 の原作漫画が置いてあり「こういうの好きだろう」と原作を近藤監督に手渡し、映画作りが始まったそうです。
「耳をすませば」が公開された1955年はバブル経済が崩壊し、多くの人が先を見通せなくなっていた時代。宮崎さんは雑誌の取材に「生きることに肯定的じゃないと大問題に立ち向かえない。簡単にニヒリズムの餌食になる」と語っています。また、近藤監督は長男が1年前に高校受験をした経験から、受験生一人ひとりにドラマがあること感じており「世の中が悪いとか、学校が悪いとか、大人のせいにして反発するのではなく、自分の問題として考える子どもを描きたい」と考えていたそうです。
耳をすませば 〜Whisper of yhe Heart〜 は中学生のラブストーリーですが、バイオリン職人になると決めた聖司に、どのように生きるのかについて悩む主人公・雫を対比させています。何らかの大きな事件や問題を乗り越えていくのではなく、自分自身が障壁というものがテーマになっています。舞台は、近藤監督や宮崎駿さんが働いていたアニメプロダクションがあった聖蹟桜ケ丘駅周辺をモデルとし、実際の町並みを配してリアルさを出しています。普通の中学生が自分の生き方を真剣に考え、ふたりで未来に歩み出す姿を描いた、耳をすませば 〜Whisper of yhe Heart〜 は、社会の荒波へ旅立たなくてはならない子ども達へのエールでもあるのです。
ジブリのアニメーション映画といえば、「風の谷のナウシカ」や「となりのトトロ」を代表とするファンタジー映画というイメージがあったので、初めて映画館で「耳をすませば 〜Whisper of yhe Heart〜」を見たときは、何て地味なジブリ映画なんだという印象が強く、どちらかと言うと、あまり好きな映画ではありませんでした。そして、再び「耳をすませば 〜Whisper of yhe Heart〜」を見る機会になったのは、監督を務めた近藤喜文さんが亡くなったというニュースがきっかけでした。ジブリと言えば宮崎駿さんのイメージが強かったのですが、この時に初めて、近藤喜文さんという人が、ジブリ作品、もっと言えば日本アニメーション界のなかで、いかに大きな存在であったかという事を知りました。近藤喜文さんの遺作となった「耳をすませば 〜Whisper of yhe Heart〜」を再びレンタルビデオで見たときは、初めて劇場で見た時とは全く違う印象を持ちました。何か不思議と心に残るものがあり、それが気になって何度も何度も繰り返し見るようになり、だんだんと目頭が熱くなってくる思いがありました。「耳をすませば 〜Whisper of yhe Heart〜」は、監督を務めた近藤喜文さんの思いが、いたるところに散りばめられた映画だと思います。ぜひ何度も何度も、この映画を見て下さい。必ず感じるものがあるはずです。